2012年3月7日水曜日

3分社会批評の方法

1. みんなが夢見ているものを持ち出す。
そのうち情報化社会がやってくる、南北格差はなくなる、など

2. その実現が逃げ水のように常に遠ざかり続けることを示す。その夢の中身と、夢と社会の関係がよくわからない<二重の夢>。
「そのうち情報化社会がやってくる」と言われ続けながらすでに50年が経っている、次から次へと南北格差が発見され一向に南北格差が縮んだことにはならない、など

3. 実は実現をドライブする仕組みと実現を妨げる仕組みが同じ”社会”であることを示す。<二重の夢>の答え。
情報化社会を目指すのも情報化社会をあるところで完成したと認めることができないのも近代産業釈迦の仕組み、社会を均質化しようとするのもそこに再び差異を見出して活動の余地を見出そうとするのも資本主義である、など

(4. 補足 夢自体にそれが夢であることを忘れさせる魔法の要素があることを示す。)
社会の発展を無理に情報技術の発展で近似することによって情報技術の発展によって社会も変化するかのように見せる、支援はあくまでそれによって南北格差の縮小が行われるものとして提示される


みたいなかんじだろうか。
問題は、この定式化のお手本となった佐藤俊樹『社会は情報化の夢を見る--[新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望』をまだ途中でこれを書いているのでもっとこの要素がありそうってことと、
特に南北格差の話のほうが適当ってこと。

ただ、とりあえずはこんな感じで
社会は南北格差消滅の夢を見る--土井香苗の夢・近代の欲望
とか
社会はグローバル化の夢を見る--チンギス・ハンの夢・近代の欲望
夢を引っ張り出してくればいくらでもお手軽に社会批評って書けそう。
社会が総オタク化してもよさそう。

更にこの最初の部分の「社会」はいじってもよさそう。
テニサーはリア充の夢を見る--○○の夢・近代の欲望
あー、これは違うけど。
まあ
教育NPOは公平な入試制度の夢を見る
みたいなところはまず行けそう。
あと、<二重の夢>のカギになるほうの社会は全体社会のほうがよさそう。
(多分テニサーの例の失敗はカギになるほうの社会が小さすぎたことが原因にありそう)
いくらでも非難の対象・夢の対象を投げ込める程度には茫漠としていたりいくらでも要因があるものがいいんだろう。

就活ぶっこわせデモ実行委員有志は学生を尊重した就活の夢を見る

たぶんいくらリクナビさんマイナビさんが頑張ったところで就活に対する非難はやまないと思います。
おっと、この場合のカギとなるのは社会ではなく就活ぶっこわせデモ実行委員の欲望でした。

となると
前者の社会・後者の社会にそれぞれ部分社会・全体社会があることになって、
2*2のマトリクスになるのだけどそれぞれどういうときに成立するやらしないやら。

あ、後者は観察可能性の有無が答えで、部分社会・全体社会というのは間違った変数の選定かな…



ともかく最近は定式化にはまっています

2012年1月31日火曜日

機能分析的思考の枠組み

機能分析の範例
1. 個人は動機を持つとする
2. 客観的結果は機能・逆機能・没機能に分類される
3. 客観的結果は潜在的機能・顕在的機能に分類される
4. 機能は任意の時点の社会集団に対して働く
5. 上位機能は同語反復的ないし結果論的でない形に定義される
6. ある事象には機能的等価物が存在する
7. 社会構造には、機能的等価物の選択範囲を制限する構造的脈絡が存在する。構造的脈絡を構造化する現象も存在する。
8. 機能分析は社会的均衡によって達成された社会の静態だけでなく、社会的不均衡によって発生しうる社会の動態も記述する
9. 機能分析がある価値判断の下で行われうる

実地調査に対する機能分析的方法
1. 一定の形式の作動様式を記述する
2. 参与する人々の社会構造内における位置づけを記述する
3. 顕在的機能を記述する
4. 参与者の動機を記述する
5. 当事者が意識していない規則的行動を記述する
6. 潜在的機能を記述する
7. ある集団に対して顕在的機能が機能的か逆機能的か判別できない場合、あるいは潜在的機能がうまく発見できない場合、その集団を性別や年齢、階級、地域などの様々な軸で下位集団への分割を繰り返す、あるいは逆に統合する。または時間軸毎の集団を考える、そのプロセスを細かく分割して関係する社会集団を考える
8. 上位機能を明確化する
9. 機能的等価物に機能分析を試みる
10. 機能的等価物を制限する構造的脈絡を整理し、なぜ他の機能的等価物ではなく現在の形式が選ばれたのか理解する
11. 顕在的機能と潜在的機能の帰結、その機能を考察するという作業を繰り返す
12. 観察された事象を命題化する
13. 命題を言葉を部分に一般化した新しい命題=中範囲の理論を作る




ISSUE/DMAIC
Identification/Definition: 問題の認識、定義
プロセス、関与者、要求、制約
Specification/Measure: 問題点の特定
名刺+他動詞で表現する、機能を整理する、重要機能を特定する
Selection/Analysis: 解決手段の評価
重要機能で解決策を評価する
Utilization/Improve: 解決手段の適用
Evaluation/Check: 改善効果の評価

2012年1月11日水曜日

120111

時間というのは思考というものに対してよくわからない重さを持つものだなあと改めて思いました。


全ての吐き気は自分に対する吐き気であり、それは自分という病にかかっているということである。でもこれも二度目だから対処法はわかる。
慣れたというか飽きた


超越に偏った思考を内在に引っ張ればよいのだ。


だからに人間とか私とかに扱ったものではなくて、法則とか社会について語ったもので自分を解毒すればよい。


思考を声で行うことはどんな影響であるのだろう。

2012年1月6日金曜日

特徴

以前、この結果を初めて見たときは全く信じられなかったのだが、
今これを見るとすごくぴったりな気がした。
僕のメタ認知が素朴になったのか、それとも僕の認知が明晰になったのか。




収集心

あなたは知りたがり屋です。あなたは物を収集します。あなたが収集するのは情報――言葉、事実、書籍、引用文――かもしれません。あるいは形のあるもの、例えば切手、野球カード、ぬいぐるみ、包装紙などかもしれません。集めるものが何であれ、あなたはそれに興味を引かれるから集めるのです。そしてあなたのような考え方の人は、いろいろなものに好奇心を覚えるのです。世界は限りなく変化に富んでいて複雑なので、とても刺激的です。もしあなたが読書家だとしたら、それは必ずしもあなたの理論に磨きをかけるためではなく、むしろあなたの蓄積された情報を充実させるためです。もし旅行が好きだとしたら、それは初めて訪れる場所それぞれが、独特な文明の産物や事柄を見せてくれるからです。これらは手に入れた後、保管しておくことができます。なぜそれらは保管する価値があるのでしょうか? 保管する時点では、何時または何故あなたがそれらを必要とするかを正確に言うのは難しい場合が多いでしょう。でも、それがいつか役に立つようになるかどうか誰が知っているでしょう。あらゆる利用の可能性を考えているあなたは、モノを捨てることに不安を感じます。ですから、あなたは物や情報を手に入れ、集め、整理して保管し続けます。それが面白いのです。それがあなたの心を常に生き生きとさせるのです。そしておそらくある日、その中に役に立つものが出てくることでしょう。

学習欲

あなたは学ぶことが大好きです。あなたが最も関心を持つテーマは、あなたの他の資質や経験によって決まりますが、それが何であれ、あなたはいつも学ぶ「プロセス」に心を惹かれます。内容や結果よりもプロセスこそが、あなたにとっては刺激的なのです。あなたは何も知らない状態から能力を備えた状態に、着実で計画的なプロセスを経て移行することで活気づけられます。最初にいくつかの事実に接することでぞくぞくし、早い段階で学んだことを復誦し練習する努力をし、スキルを習得するにつれ自信が強まる――これがあなたの心を惹きつける学習プロセスです。あなたの意欲の高まりは、あなたに社会人学習――外国語、ヨガ、大学院など――への参加を促すようになります。それは、短期プロジェクトへの取組みを依頼されて、短期間で沢山の新しいことを学ぶことが求められ、そしてすぐにまた次の新しいプロジェクトへに取組んでいく必要のあるような、活気に溢れた職場環境の中で力を発揮します。この「学習欲」という資質は、必ずしもあなたがその分野の専門家になろうとしているとか、専門的あるいは学術的な資格に伴う尊敬の念を求めていることを意味するわけではありません。学習の成果は、「学習のプロセス」ほど重要ではないのです。

内省

あなたは考えることが好きです。あなたは頭脳活動を好みます。あなたは脳を刺激し、縦横無尽に頭を働かせることが好きです。あなたが頭を働かせている方向は、例えば問題を解こうとしているのかもしれないし、アイデアを考え出そうとしているのかもしれないし、あるいは他の人の感情を理解しようとしているのかもしれません。何に集中しているかは、あなたの他の強みによるでしょう。一方では、頭を働かせている方向は一点に定まっていない可能性もあります。内省という資質は、あなたが何を考えているかというところまで影響するわけではありません。単に、あなたは考えることが好きだということを意味しているだけです。あなたは独りの時間を楽しむ類の人です。なぜなら、独りでいる時間は、黙想し内省するための時間だからです。あなたは内省的です。ある意味で、あなたは自分自身の最良の伴侶です。あなたは自分自身にいろいろな質問を投げ掛け、自分でそれぞれの回答がどうであるかを検討します。この内省という資質により、あなたは実際に行っていることと頭の中で考えて検討したことと比べた時、若干不満を覚えるかもしれません。あるいはこの内省という資質は、その日の出来事や、予定している人との会話などといったような、より現実的な事柄に向かうかもしれません。それがどの方向にあなたを導くにしても、この頭の中でのやりとりはあなたの人生で変わらぬものの一つです。

調和性

あなたは同意点を求めます。あなたは、衝突や摩擦から得るものはないという考えを持っているため、そのような争いを最小限にしようとします。周囲の人々が異なる意見を持っていることが分かると、あなたはその中の共通する部分を見出そうとします。あなたは彼らを対立から遠ざけて調和に向かわせようとします。事実、調和はあなたの行動を左右する価値観の一つです。人々が自分の意見を他人に押しつけるために無駄にしている時間の多さは、あなたには信じがたいほどです。もし私たちが意見を述べることを控え目にし、代わりに同意や支援を求めるようにすれば、皆がもっと生産的になれるのではないでしょうか? あなたはそうなると信じています。そしてその信念によって生きています。他の人が自分の目標や、主張や、強く抱いている意見を声高に話している時、あなたは沈黙を守ります。他の人がある方向に動き出すと、あなたは調和という名のもとに(彼らの基本的価値観があなたの価値観と衝突しない限り)、喜んで彼らに合わせてあなた自身の目標を修正するでしょう。他の人たちが自分たちのお気に入りの理論や考えについて議論を始めると、あなたは論争を避ける方向に持っていき、全員が賛同できる、実用的で地に足の着いた事柄について話すことの方を取ります。あなたの見方では、私たちは全員同じ船に乗り合わせていて、この船をこれから行こうとしている所に到着させる必要があるのです。それはしっかりした船です。単に自分が船を揺することをできることを示すために、わざわざ船を揺する必要などないのです。

運命思考

偶然に起こることは一つもありません。あなたは絶対にそう思っています。それは、人々が互いに結びついていることを、心底から確信しているからです。確かに人々は自分の行動を自分で決めることができる、自由な意志を持っている個別の人間です。とはいっても、私たちは何かもっと大きな存在の一部なのです。それをある人は人生の神秘と呼ぶかもしれません。それを精神あるいは生命力と呼ぶ人もいるでしょう。しかし何と呼ぶかは問題ではありません。私たちは互いから隔絶されているわけではなく、地球や地球上の生命から切り離されてもいないと知っていることで、あなたは安心感を得るのです。この運命思考という考え方には一定の責任感が付随しています。もし人々すべてがもっと大きな存在の一部であるなら、人は他人を傷つけてはいけないのです――なぜなら、自らを傷つけることになるからです。人から搾取してはいけません――なぜなら、結局自分自身に返ってくることになるからです。このような責任に対する認識が、あなたの価値体系を作り上げています。あなたは思慮深く、思いやりがあり、受容力があります。人々は皆同じであると確信しているあなたは、異なる文化を持つ人々の間で架け橋の役割を果たします。見えない力を敏感に感じ取り、平凡な日常生活の中に意味があるという安心感を他の人に与えることができます。あなたの信念は、あなたの育ちや文化によって決まりますが、それは強固なものです。理屈では説明できないことに直面した時、それは、あなたやあなたの親しい友人を支えてくれます。

2011年12月23日金曜日

2011年の反省 ver. 2

(ちなみに、ver. 2.0は高校3年の秋、ver. 2.1は大学1年の春です。)

-3月11日 ver. 2.1
バタイユを読んでいて、個体を隔てる「死」を意識して他者の超越性を信じると同時に、その克服を図っていた時期。
他者の超越性の克服に挫折。

追記
ラカンを読んでいたのが死、自己の内閉性、超越性を強く捉えることに繋がったのだろうな。
とにかくラカンは「私」を特権化することから始まる。
鏡像段階を踏まえて形成される最初のシニフィアンは「私」で、
全てのシニフィアンはそこからの差異によって定義されていく。
そのように定義された「私」、(小文字の)他者はあくまで象徴界の上でのもので、
私はそれに対して象徴的にしか関わることができない。
現実界はそれとは別に存在している、
象徴が機能しない地点でしか出会えないというような形で。
現実界に触れた主体はある形で死を迎えることになるのだけど。
象徴が機能しない時点で=言葉が届かないところで、
という部分がバタイユに非常に共鳴して、興味と思考がずれていったのだろうと考えられる。
あと、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだことも大きかったのだろうな。
あの『壁』の形象は強烈だったからなあ。
追記終わり


3月11日‐5月 ver. 2.2
超越性の克服に不可能を感じてそれを否定した結果、思想的に迷走していた時期。

それを諦めた結果として過社会適合的に活動することを目指したが、そのあまりの虚しさにその方向性は挫折。

追記
友達の死も存在的根なし草になることに大役を買っていた。
あと、ゼミでぼこぼこにされてそのへんでも挫折してた。
追記終わり

6月‐9月    ver. 3.0
超越性の見掛け上の発生まで包括する、内在性の思考に移行。
超越性をバタイユによって明確に定式化していたからこそ、きっと速やかにドゥルーズに移行できた。
でもなぜドゥルーズを読もうと思ったのだろう?

追記
たぶん、
「精神分析批判を皮切りに、超越を常に中心概念に据えていた西洋の哲学全体に挑んだ」
みたいな一節を読んだのだろう。
少なくともその前の挫折を受けてある種の理論的な根拠は探していた。
追記終わり

その後、内在性の思考によって閉鎖された世界に存在していたのだが、
ふとしたきっかけにより感覚の部屋に快楽が大量に注入されたことにより窒息死。
超越性の希望があれば部屋から快楽の中でも呼吸できたけど、
それを捨てた後となっては希望を失った廃人になるしかなかった。

10月-      ver. 3.1
内在性の概念に微分の概念を追加。
百科事典棒。襞。
無限小まで法則を発見する歓び、それを発見する理性の称揚。

追記
確かにドゥルーズはライプニッツを用いて襞や微分について語っているけれど、
僕はその本を読んだことも紹介を読んだこともないので、
たぶん、というかまず間違いなくその概念とは全く別の意味でこれらの言葉を使っていると思う。
どちらかというと百科事典棒、世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドから引っ張ってきた概念装置の方が効いていた。
追記終わり




とにかくまだまだ超越性に心惹かれる部分はありますが、
もう少しで完全に内在した存立平面に至れそうです!

追記
こんなにストイックに法則の発見を目指すなんて、最近の僕はほとんど敬虔なプロテスタントみたいだと自分でも思っています!
でもそもそもここまで無欲に法則を追い求めるのは=強欲に快楽を求め続けるのは、
自死を頭の隅から追い払えない育ち方をしたせいだと思いました。
どんな手段を使ってでも、僕は生に執着しなきゃいけないのです。

あと、追記で無限増殖するテキストが書きたいです。
追記終わり

2011年11月27日日曜日

メモ、アイデンティティ

思考を霧消させまいと思ってTwitterのものをまとめて転載した個人的なメモです



アイデンティティは言葉の累乗で近似せざるを得ないし、それで十分満足できるでしょう?それでも抽象語に拘るなら、抽象が具現化されるすべての事象を記述すればよいでしょう?だから、人を可能な限り小さな社会的属性で区切っていくことを目指すセグメンテーションは現代の幸福工学だと思うのです。

少なくともアイデンティティに関する人類の悩みは消滅する道が見えました!!おめでとう!!

人の幸せを作る方法を具体的に思い描けて、涙が止まらなくなりそうです!


言語という私的、あるいは一定程度の複数人によってしか共有されえないものによるのではなく、マーケットに乗る=「社会的」なものがアイデンティティを保証してくれるというのがセグメンテーションという技術の根幹。

詳細な言語の共有によるアイデンティティの確立は共有人数が増殖するほど難易度が上がっていくが、商品は人々の集合を飛び越えたところに存在している「社会」に一気に結び付く。

アイデンティティの「強度」を、社会的共有強度*内容強度で測っていることに気付くなど。

そもそも、アイデンティティ価値説という社会体の上に乗った話をしていることに気付くなど。また、マーケティングとアイデンティティ価値説は鶏卵だと気付く。革命を目指さない/可能だと思わないなら、これが十全な幸福工学になりえるのだけど。

無限の目盛が記された半透明なレイヤーを、無限に重ねて一つの点を決定するイメージ。

内容強度=分類の強度*重層の強度

@shu_nyaa …?点なの?セグメントじゃなく?セグメントって分けるとか区切るとかじゃないっけ。点だと共有されなくない?

点が決定されると言うのは語弊を招く言い方で、平面の分化と系列の重層化が無限になっていけばセグメントが点に近づいていくということでした。あくまで各平面は線的に分割された簡潔なものであるためその重層化の過程を追えば共有は可能。言葉と同様。

ドゥルーズの用語系を使ってみています。
@shu_nyaa なんとなくわかった!AかつBかつC…みたいに見てくと真ん中のぜんぶ重なってる部分はすごく濃密で狭いけど、Aにも属せるしBにも属せるし…更には真ん中を見れば自分がわかるってことね?(o・ω・o)ノ!

n本の手で書いている気分。

@shu_nyaa わからん。けどだってそれって今とどう違うん?A韓国籍 B日本育ち の掛け合わせとして自分を定義しても、制度は別にこの意識を反映してはなくて、混乱が生じて、片方を選ばされている。もしくは私はどっちでもない気がする。これに対してマーケティングは何をしてくれるの??

マーケティングがその掛け合わせ定義を繰り返し表現してくれれば、制度の存在が軽く見えるのかもしれませんよ。

(時間切れ、打ち切り)

2011年11月13日日曜日

文体練習

最近、日記を書こうとすると邪魔をする声がある。
何か書こうとするたびに、
その前提に疑問を投げかけ、
あることの特殊性を主張しようとしても他の例を出してその一般性を指摘し、
欺瞞を見破って、
そんなせいでいまいち書くことがすすまなかった。

そこで、思い切って、それぞれに名前を割り振って明確に人格化してみた。
あまりに会話がするする進んでそれはそれで何も進まない。
眠くならない。
ほんとはよくないと思うんだけど、
でもすごく楽しくなっちゃって、
最近よく話す友達も3人くらい頭の中に呼び出しておしゃべりしてる。

よかった、ここまでは出てきてないみたい。
まあそりゃあ、事実の報告だからか。
どこまでも僕なんだから、ちゃんと僕の話は聞くさ。
元から他人の話に割って入るほうでもないし、そもそも人格化させて話しているところに割りこめるほど僕の頭は器用じゃないからな。
みなさん、こいつです、こいつです。
こういう指摘をするのがまず一人目です。

次に呼び出した友達はこういう風にするするとまっすぐ話を進めるのをやめるときに使う。
ざ、女の子である。
もちろんステレオタイプの。
ある話から、そこに出てくるものを含む別の話に移ってしまい、全然話が進まない人なのだ。
もちろん君のことは嫌いじゃないからね。
だから話を横に広げるときに使う。
違うでしょ。
話を横に広げるってのは後付けで、普通に女の子ってことで使い始めたんでしょ。
それに、もとから意識的に猫を被っているところがあることだから、戯画化して使いやすかった。

もう一人は具体的なことをたらたら述べていると、
それを学術用語ですかっと纏めてくれるのである。
半笑で嘲笑気味に言ってくるのが、なんかいい。

あとは最近話してない人なのだけど、
その子の手に掛かると話に適度な常識と安定感が出てくるのでよい。
適当なことを言った。

最近は、話をまとめるのがとてもうまい人に知り合ったので、
その人を自分の内側に取り込みたいのだけど、視点がちょっとメタ過ぎて、
というかメタに移行する速度がタイミングが良いというか、早すぎて、
まだ真似できそうにない。
ほしいなあ、あれ。
欲しいなんてここに書いちゃだめだろ。

う、書いてしまった。
ここに書くコウカもわかってるくせに。
えー、日記くらい好きに書いたっていいと思うんだけどなあ。
ほんと現代は再帰性の時代だなあ。
またそんな難しい言葉使ってー。
だからさあ、ふじしゅうが言いたかったようなことはこうい